​シディブサイド

世界の 美しい街・絶景の街

チュニジア

Sidi Bou Said

チュニジアの首都チュニスから北東およそ20km行ったところに、アラブとアンダルシアの建築様式が組み合わさった白と青の小さな楽園「シディブサイド」はあります。街の名の由来である12世紀半ばの聖人「アブー・サイード(Abou Said)」は、晩年この地に軍事的要塞を兼ねたイスラム神秘主義(スーフィズム)の宗教施設「リバート」を建て、布教活動と航行してくる船乗りの保護に務めました。

時は流れて、17世紀に入るとこの地にはチュニジアのブルジョワ階級の贅を凝らした家々が乱立するようになり、1915年に村の景観保護の政令が出されて無秩序な建物建設が禁じられました。その際、建物の壁は白色、扉は青色に統一することが定められ、それ以外の建物をつくることが禁止されました。

現在、この街には多くの芸術家や音楽家、作家などが暮らし、フランスの哲学者ミシェル・フーコー(Michel Foucault)は、彼の代名詞であり最も重要な著作『知の考古学』(L'Archéologie du Savoir)をこの地で執筆したと言われています。

行き方

最寄り空港は、チュニス・カルタゴ空港(unis‐Carthage International Airport)。シディブサイドまでは車でおよそ30分。

ベストシーズン

ベストシーズンは、7~8月を除く4~9月。ただし雨が降らず大変乾燥しているため、水分補給の対策は必須。冬季は雨が多く急に気温が下がることがあるので、長袖や上着があると安心です。

現地の楽しみ方

■シディブサイドの観光拠点「チュニス」観光

アフリカ大陸にありイスラム文化とフランス文化が共存する街「チュニス」。高さおよそ9mの巨大な石の門「フランス門(海の門)」より海側には、かつてフランスの保護下にあった名残としてヨーロッパ風の新市街が広がります。広い通りには路面電車が走り、シャンデリアが飾られ、オープンテラスのカフェが並んでます。そしてメインストリートのハビブ・ブルギバ通りには大聖堂も建っています。ちなみにこのフランス門は、かつて旧市街メディナを守っていた城壁の7つの門の内のひとつです。

■中世イスラムの遺産「チュニス旧市街」

イスラム第2の聖地サウジアラビアのメディナと同じ名を持つこのエリアのアラブ化は、7世紀に始まります。グランド・モスクが建設され、次々とスーク(市場)が形成されていき、イスラム都市としての体裁を整えていきました。13世紀には巡礼者や商人たちで大変な賑わいを見せるようになりました。現在、居住区の他、カフェやおみやげもの屋、雑貨店が軒を連ねており、素通りするにはもったいない世界文化遺産です。

■古代フェニキア人の遺産「カルタゴ遺跡」

紀元前9~6世紀の地中海貿易の覇者「古代フェニキア人」の街「カルタゴ」。もともと海洋民族であるフェニキア人の海軍力は海賊をも恐れおののく強さを誇り、最盛期には領土を北アフリカ沿岸沿いからスペインのイベリア半島の半分まで拡大しました。イベリア半島で豊富に産出した金、銀、銅によりカルタゴは栄華を極めましたが、紀元前146年のローマ帝国との覇権争いで一度焼きつくされ、現在の遺跡址はその後に再現されたものです。遺跡まではチュニスから車でおよそ30分。シディブサイドからはおよそ10分です。

■古代ローマの遺産「エルジェムの円形闘技場」

チュニスから車でおよそ2~3時間のところにある「エルジェム(El Jem)」には、現存する古代ローマの遺跡の中で3番目に大きいと言われる観客収容数3万5千の「円形闘技場」があります。当時は剣闘や戦車レースが行われたとされますが、残念ながら17世紀以降、近隣の村やモスクの建設のための石材として使用されてしまったため、現在は原形をとどめていません。

■チュニジアのアルコール文化

イスラム教徒はその戒律からアルコールは飲みません。しかしチュニジアにおいては、比較的どこででもワインやビールを飲むことができます。チュニジアには国産のビール「セルティア」があり、レストランで注文することが可能。ただラマダン中はアルコールを出さないレストランもあります。